[創]自己表現の教室 文化村サロン 配信

【6月25日文化村サロン予告】“理不尽”生産装置としての“お世辞”システムと芸能文化の動向について

最近、何かにつけてよく感じるのが “世の中は変わってしまった” ということだったりするのですが、私の場合、どうやら“一般的なそれ”とは些か様相が異なるようです。

で、この“一般的なそれ”とは、「昔は良かった」といったニュアンスが含まれていたりするようですが、私の場合は「昔も酷かったけど、更に悪化してるなあ」といった意味での“変化”を意味するわけです。

そもそも昔だって“良くない”のです・・・私的には。

まあ、強いて言えば小さな子供の頃は “まあまあ楽しかったり” もしたのですが、大きくなるにつれて「理不尽だ!」となってくるわけです。その“理不尽”がどこからやってくるのか? 諸悪の根源はどこにあるのか?と言えば、やはり“二枚舌” となるのではないかと思います。

“正直”は善か?悪か?

“言わなくてもいいことを言わない” ・・・まあ、この辺は“大人の嗜み”として理解できなくもないのですが、“お世辞”という奴だけはどうにも許せない。

それを平気な顔して“いけしゃあしゃあ”と言ってのける輩はもっと許せないのです。言われるのもイヤ! 

私もそれなりには大人になったので、見え透いたお世辞にも「ありがとうございます」と答えるぐらいの力量は持ち合わせておりますが、流石に2回続けての“お世辞”攻撃ともなれば、ついつい「いや、もういいですから・・・」などと反応してしまう。

だって、褒めてもらうなら“本当に”心から褒めて欲しいじゃないですか? 楽しみはその時のためにとっておきたいのですよ。分かります?

私が一番軽蔑するタイプの人種は、〇〇先生とか〇〇長といったような、一般的にはそれなりに“名誉ある”とされているポジションについている人間で“お世辞”を言われるのが好きな人。こういう輩が一番嫌いです。だから意地でも“お世辞”は言わない。言うとすれば“皮肉”としての“お世辞”ぐらいのものでしょうか。

無邪気ならばともかく、邪気の塊のような人間が思ってもいないことを口にしながら、それとは反対の方向へ足を進める社会なんてものが良い(健全)わけないじゃないか!というのが私の主張。

悪い奴なら良い奴の“振り”などせず、堂々と悪い奴として、そう、ショッカーの怪人の如く「我々ショッカーの魔の手で〜」といった具合に自ら“魔の手”などと言ってしまうぐらいの正直加減が欲しいわけです。そうすればこちらとしても遠慮なく叩きのめすことが出来るわけですから。

残念ながら現実はショッカーよりも悪質です。もちろん、こうしたことは今始まったことではありません。多分、昔からだと思います。そうした意味で、単純に「昔は良かった」などとはなりません。

では、小さい頃は何故、“まあまあ楽しかった”のでしょう? 多分、社会のそうした枠組み(暗黙のルール)に組み込まれていなかったからだと思います。私に言わせれば、“子供が純粋”なのではなく、“社会の枠組みが不純”なだけなのですよ。だから、そこから如何に離れるか?といったことが“純粋な大人”にとっての嗜みとなるわけです。

さて、そんな社会におけるコンプライアンスとは如何なものか? 明日の文化村サロンでは、そうした問題意識をベースとし、言葉、話術、笑いといった側面からテレビ文化を考えてみたいと思います。

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こちらの内容は6月25日(日)20時〜の配信となります。

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執筆・撮影:関口純
(c)Rrose Sélavy

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