Stage 文化村スタジオ 連載 関口存男

寺子屋精神と演劇教育。

曾祖父さんと祖母。曾祖父さんの雑誌かなんかで”教師と生徒”を演じる”やらせ写真”(笑)
文化村の旧関口邸にて。ちなみに、後ろに写ってる部屋が曾祖父さんの書斎。ここが当時の寺子屋精神?発信基地。

ええとですねえ、なんでも関口家の5代前の先祖は江戸時代後期、寺子屋を営んでいたそうです。農家兼業教育者といったところでしょうか。曾祖父はそうした家の出身、曾祖母は対照的にお市の方の血をひく御公家さん出身の大村家。

まあ、そんなことが関係あるのかないのかは知りませんが、我が家系には ”プライドが高い" 気取りやタイプの人間と ”勉強好きだが今一つ品性に欠ける” がさつなタイプの人間が混在している様に思います。かつては遠い親戚なんかが遊びに来ると「〇〇さんは大村家っぽいわよねえ」「〇〇君は明らかに関口家ね」なんて具合に。

で、私はどうかと言えば、まあ、見事なまでにこの対照的な2つの性質を併せ持っていると自分でも認めざるを得ない。

取っつきにくくしている気はないのだが・・・まあ、面倒くさいまでに”プライド高くて気取りや”であることは素直に認めるけれども、夢中になって教えたり演出したりなんかしていると、それとはまた別人になっている自分も確かに存在していたりするのです。私のことをよく知っている劇団員なんかは「降りてきた!降りてきた!」なんて言って茶化しますが、まさにそんな感じ。恥ずかしげもなく大きな声でジョークを交えながら喋る姿は、確かに誰か別の人間が話しているみたいで「この人、面白い人だなあ」などと客観的に聞いているもう一人の自分もいたりするのです。いわばイタコ型演出。これが血の為せる技なのだとすれば妙に納得。

まあ、私の人格・性格に関する大海原の如き問題点?や爪の先ばかりの優秀さについてはさておき、こうした血が騒ぐのかどうかは知らないが、「寺子屋みたいなコミュニティが作れたら良いなあ」などと近ごろ思ったりする様になってきたから、あら不思議。

寺子屋を営んでいた関口さんの息子は時代もあって職業軍人になり、明治天皇から勲章なんかを頂戴したりもしているのでそれなりには優秀だったのだろうけど、本人は戦闘よりも漢文に長けた人で、軍人引退後は雅号かなんかつけて離れで書を嗜む生活。妻に先立たれてからは息子家族と離れて静岡に移り住み、自分の子よりも若い”お手伝いさん”という名の恋人と余生を過ごしたそうな。

その息子、すなわち僕の曾祖父さんというのは、若い頃には親の意に反して演劇なんぞにうつつを抜かし、大正期の新劇運動で演出家&脚本家&翻訳者としてはそれなりに功績があった人なのだが、家族の問題に生活苦も加わり挫折。後年、語学者として本などを書いて食いつなぎ、雑誌を創刊して月一回は編集会議&飲み会(まだ幼かった母は余興担当。美空ひばりなんかを歌っていたそうだ)などを開いて編集も御弟子さんたちが担当した。要するに、雑誌というメディア上で”彼の爺さんの寺子屋”を復活させた訳だ。この語学の得意な曾祖父さん、語学分野の仕事が一区切りしたら「晴れて自由の身!」とでも言わんばかりに、語学は御弟子さんたちに任せて自分は演劇の世界に復活しようと目論んでいた矢先、無念にも若くして亡くなってしまった。

こうした因縁めいたものが我が家には存在する。「自分は関係ない」と思っていた僕が「インターネット上に寺子屋を作りたい」などと思う日が来るとは夢にも思わなかった。しかも教科が”演劇関係”なんてね。

執筆・撮影:関口純
(c)Rrose Sélavy