Music Stage 文化村スタジオ 連載

演劇の構造と、遠隔収録におけるレイテンシーの問題について

収録(演出)時のデスク。遠隔演出は”机上の空論”か!?

本日はオンライン版『ルーシー・フラワーズ〜』の編集済み映像(1本まるまる)のチェックの日。

要するに、出来上がってきた映像を初めて”通し”で観るという日。

ジャン・リュック・ゴダールの80年代の映画ぐらいの長さ。トータル90分ぐらいかしら。

そもそも、舞台での上演作品を映像版にする上で、幾つかの問題が生まれてしまうのは致し方ない。

特に、今回は出演者の誰とも直接合うことなく、ネットの会議システムみたいなものを使って収録しているのだから尚更。

出演者それぞれの環境(機材、部屋etc.)が、”あまりにも異なる”のが一番の難題だったかもしれない。

兎にも角にも”制約”が多い・・・画角は基本、”胸から上”のみ。”全身”の映像は一つも無い。そして、何より”時差”がある・・・

『ルーシー〜』の場合、あの軽妙な掛け合いこそがその魅力の一つでもある訳だが、”時差”はそれを許さない・・・例え、ほんの僅かな”時差”であったとしても相当にキツい。 要するに”レイテンシー”というヤツだ。

だが、そんな最悪の状況にも関わらず、特にルーシーの二人は”いつもの感じ”を出来る限り再現してくれていた様に思う。八の字眉幸子は良くも悪くもあのまんま(笑)却って”ほっと”させて頂きましたとさ。八の字ファンの皆様はどうぞご安心下さい。

楽劇座の作品は”パン・フォーカス”で作られていて、”誰かが台詞を喋っている時、同時に他の誰かが別の何かをしている”というのが基本スタイル。

そのバランスや”運び”に特有のテクニックがある訳で、演出家にも役者にもそれぞれ”拘りポイント”が存在する。

ところが、今回の収録システムの様な場合、その辺りの”拘り”や”テクニック”が全くと言って良いほど発揮できない。収録中、そうしたジレンマが常に付き纏う。

脚本も、舞台での上演を前提に創られたものだから、何点か修正を加えてはみたものの、どうしても”狙い通りに行かない”部分が出てきてしまう。

だが、それでも”ルーシーらしさ”は健在だったりするのだから”ありがたい”。その辺りの強さは”なかなか”大したもんで、今まで何本ものルーシー作品を一緒に創ってきた役者諸君の”作品(役)に対する真摯な姿勢”の賜物である。

また、イラスト・アニメーションとの親和性は新しい発見だった。

結論、映像(オンライン)版は映像(オンライン)版で面白いのでは無いでしょうか?

願わくば、かつて上演された舞台版『ルーシー〜』の記録映像と合わせて観てもらいたい。そうすれば、より『ルーシー〜』の世界観や、役者諸君の超絶テクニックをご堪能、ご理解頂けるのでは無いだろうか? まるまる1本、特典映像にしようかしら?

1箇所、音楽が足りないと思った・・・いつもコーラスないしはフランジャー、ディレイを深めにかけたProphet-5で弾いていた箇所だ。

さて、Prophet-5の電源を入るとしよう・・・

執筆・撮影:関口純
(c)Rrose Sélavy