演劇と社会教育 関口存男 関口存男と演劇

【演劇と社会教育】 〜関口存男の実践 著書『素人演劇の実際』に関する考察〜<4-3>

本文は、関口純氏により執筆された論文『演劇創造と社会活動の互換性について〜演劇空間に世界は如何に書き込まれるのか〜』からの抜粋であり、そこから関口存男に関係した部分だけを取り出し、再編集(&若干の加筆)されたものです。

まだご覧になっていない方は、連載の第1回目<はじめに/1〜2>からお読みください。

第1回を読む

【関口存男と演劇】踏路社運動 〜演出家の誕生と関口存男〜<はじめに/1〜2>

続きを見る

4-3. 観る為のテクスト

4-3-1. 批判の応酬

岩波文庫でレッシングの「ミンナ・フォン・バルンヘルム」を翻訳した小宮曠三による同著のあとがきはある意味、象徴的だ。

「邦訳は、野村行一、関口存男、井上正蔵氏のものがすでに刊行されているが、翻訳にあたっては参照しなかった。(中略)まず劇作家の生涯及び思想の全般に通じ、その中のどういう時期に執筆されたかを明らかにし、さらに、発想、用語、文体の微妙なからみ合いをしっかりつかんでかかることを、前提条件として要求する。それが、原作および原作者に払うべき、当然の礼儀、敬意といったものだろう。が、さらに、訳語訳文の問題もある。登場人物に対する親しみのあらわし方と言ってもいい。ゴツゴツしてもいけないし、下世話に砕けすぎてもいけない。格調と正気の、程をえたかね合いを通じて、人生の真実がおのずからこちらに語りかけて来る…できればそのような趣を、と心がけてみたのがこの翻訳である」(小宮,1962)(注13)

これに対し、関口の翻訳に関する発言を小宮のそれと対比してみると面白い。

「素人演劇の実際に於て、よく見かける滑稽な現象は、たとへば、舞台で云うセリフなどと云うものに対する感じの全然ないらしいヘボ翻訳家がそそくさと訳した外国の脚本などを、後生大事に一言一句そのまま台本に使って、言っている役者当人にすら何のことやらわけのわからぬセリフを、暗記したまま平然とまくし立てていると云う珍妙な光景である。いや、素人芝居ばかりではない。職業劇団の堂々たる公演にすらも此の現象は時々見かけられる」(関口,1948)(注14)

4-3-2. 脚本と台本

ここで興味深いのは、関口は<脚本>と<台本>と云う言葉を別の概念として使用している。大元の原作戯曲を<脚本>、実際の舞台上演で使用する為に手を入れたものを<台本>と呼んでいる。

関口にとっての戯曲の翻訳とは、それが上演された姿を前提として考えられている、いわば<台本>と考えて間違いない。そしてそれは実際の上演の有無に関わらず、読者にとって頭の中で上演されるべく意図されていたと言って良い。ただし、ここで重要なのは単に翻訳に於けるエンターテインメント性を意識していたという次元の話ではないという点である。

私たちにとって他所の国特有の文化を瞬間的かつ感覚的に理解することは必ずしも容易ではない。例えば日本の「遠慮」や「遠回しに断る」といった表現は必ずしも諸外国で通用するとは限らない。日本人が遠回しに断る際の「検討しておきます」を「前向きな返事がもらえた」と勘違いする外国人が少なからずいるという。「日本人は言うことと思っていることが違っていてよく分からない」といった話をよく耳にするが、さもあらんである。

語弊はあるが、直訳的(それが辞書的な意味に於いて忠実であったとしても)に翻訳してしまうと、実際にその言葉が意味する内容を反転させてしまう場合すらある。ことに戯曲を含む文学に於いては。“どこか胡散臭い紳士”が単に“立派な紳士”として描かれてしまっては台無しである。

言葉が内包するイメージの問題も大きい。私たち日本人は、一般に「passion」と聞いて、感覚的かつ瞬間的に「受難」のメージをつかむことが出来るだろうか。

言葉の背景、いわば文化的ニュアンスといった意味に於いて、日本語の「お白湯」は英語に翻訳可能かを考えてみたい。「お白湯」をHot waterとしてしまった場合、Hot waterはあくまでも「暖かい水」である。実際、確かに「お白湯」も「暖かい水」であることは間違いない。

だが文学的、その叙情性、延いては文化的ニュアンスとしては必ずしも「同じもの」とは言い難い。時代劇にありがちな、病気がちな父親と孝行娘のくだりで、娘「おとっつぁん(お父さん)、お白湯よ」父「おめえには、迷惑ばかりかけるなあ」といった際の「お白湯」には、単なる「暖かい水」では代用されない情緒が内在されていると考えれば解り易いかと思う。

こうした読み取られるべき記号(シニフィアン)の意味内容(シニフィエ)は文化的背景に依存する。即ち、異なる文化的背景を持つもの同士に於いては、辞書的な意味で機能が同一とされる記号であったとしても、それが指し示す意味内容が必ずしも同一とは限らないのだ。文学といった叙情性に深く関わる翻訳作業に於いては、より一層その傾向が強くなることは容易に想像がつく。

同一言語内部に目を向けても、その意味内容は、その対応する記号が用いられる局面に於いて異なる意味内容を有する。この意味形態に関わる言語の性質は当然、異なる文化的背景を持つ言語に於いてもあまねく存在する。

これこそまさに演技が表現すべきそのものであり、このストーリーを形作る言語コミュニケーションに於ける記号の解釈こそ<演出>そのものである。戯曲が上演を前提として書かれた、もしくはその様に存在しているのだとすれば、その翻訳に於いても“演出されるべきもの”、“演技されるもの”として翻訳されなければならない。

異なる文化の出会いを、どの地平で演出するのかは“翻訳”の腕の見せどころである。以下に関口の翻訳と小宮のそれとを引用(同一箇所)・比較してみたい。

(関口訳)
「私のお名前? 私のお名前は・・・お名前はリッコー・ドウ・ラ・マルリニエールあります。カンネカッシーの領主で、マキアゲール家の血筋あります・・・私ほんたうに王家の血筋、それそんなに大きな家柄に生れた、それあなた驚きます、それ無理ありません・・・もっとも今まで私みたいに、世界を股にかけた人恐らくこの家柄に澤山ありません・・・私十一の時から方々就職した。名誉問題ありまして、そのために私家出した」(関口,1928)(注15)


(小宮訳)
「わたしーの名前を、とおっしゃるのですか?・・・お見知りおき・・・願いますがワッタシは、佩勲士族リッコー・ドゥ・ラ・マルリニエール、借金谷の領主ガメツーイ一門の出、にございます。ワッタシが、かような由緒ある名門の出ときいて、おどろいておられますな、何を隠くそう、王家の血筋をひいておるのでして。・・・ありていに申しますと、私は、紛れもなく、まことに冒険好きな貴公子で、家に居ついたためしがありませんのですよ・・・十一の時から軍務についております。男の面子にかけての争いがもとで逐電いたしました」(小宮,1962)(注16)

声に出して読んでみればお解り頂けるだろうが、関口のそれは明らかに「台本」を意識して翻訳されている。活字と眼では完結しない世界なのだ。

若き日の関口の日記に、牛込柳町の幽霊坂にあった岸田辰彌の下宿に集まり、長与善郎作「画家とその弟子」を踏路社第1回私演に決定する際の様子が記されている。

「私もこの作品を劇として価値あるものとはどうしても信ぜられない。あまり欠点が眼につきすぎると思った」(関口,1916)(注17)

ここで関口は、既に小説家デビューを果たしていた年長の文学者長与善郎に対し「劇として価値あるものとはどうしても信ぜられない」「欠点が眼につきすぎる」と書き記している。

これはテクストの“劇としての価値”の有無という認識、<劇>である為に必要と考えるなんらかの価値基準をこの頃すでに持ち合わせていたということを意味する。「欠点が眼につきすぎる」とは、その価値基準に照らして判断したものと考えられる。

演劇の為のテクストという概念。これは音楽に於ける楽譜に相当すると考えてよかろう。当然、そこには演奏するに値する音符が記されるべきであり、台本のそれには演じるに値するだけの台詞が記されていなければならない。

「画の好きな人、即ち「眼の人」と、音楽の好きな人、即ち「耳の人」とは、かなりはっきりした対称を成している」(関口,1948)(注18)

「素人演劇の範囲で云うと、一たい音楽の好きな人は大抵心理的にも演技にも向いていると云って差支へあるまい」(関口,1948)(注19)

これらはギリシャの五大芸術に端を発する<第七芸術>(注20)を前提とした解釈である。絵画・彫刻等の<空間の芸術>と、<時間の芸術>という側面から見た音楽・演劇に関するその性質を、演ずる身体を通して語ったものである。

「音楽と演劇は「時間的緊張」(あるいは動きと云ってもよかろう)を本質とする芸術という点で、根本的には同一のものであると云えよう。少なくとも人間の気質という点から見るというと、音楽の好きな人は必ず演劇の少なくとも技術的方面に対しては初めっからある種の資質を持っている筈なのである」(関口,1948)(注 21)

演劇は、絵画・彫刻・建築等の<空間の芸術>を内包すると同時に、音楽と同じく<時間の芸術>といった性質を持つ。これはすなわち、始まりがあり、時間の経過とともに展開され、一定の時間が過ぎれば消えて無くなってしまうことを意味する。

技術的に言えば、発音があり休み(音楽で言えば休符)があることでリズムが生まれ、音の高低、大小で一定の時間を満たすに値する(聴くに耐えうる)変化が生まれる。そして音色は表現にキャラクターを与える。演劇の場合、ここにストーリー、すなわち意味が加わる。そしてそれはマクロ(作品全体)な意味と、ミクロ(登場人物)な意味で構成される。

そして<演技>は対象となり、<物語>は演技の意味を説明可能とするメタな構造となる。これがそのまま<演劇>において読み取られるべき記号(シーニュ)の上位下位構造として反映される。これこそ関口、延いては踏路社の志向(注22)した<演劇>である。

すなわち、

①読み取られるに値するテキスト=平面図の作成<台本>
②その解釈を実現するためのプラン=実現可能な立体図の作成<演出>
③技法に裏打ちされた行為<演技>

これらが演出家の監督の下、有機的に結びつくことを前提とした<演劇>である。

若干皮肉にも聞こえなくもないが、これこそ現在の形での日本に於ける西洋演劇<新劇>の発芽、“ドラマツルギーの水脈”といって良い。では、何故皮肉に聞こえるのか。これについては考えてみる必要があろう。

注釈

(注13)小宮曠三「あとがき」『ミンナ・フォン・バルンヘルム』1962 206頁。
(注14)關口存男『素人演劇の実際』1948 49〜50頁。
(注15)レッシング「ミンナ・フォン・バルンヘルム」『世界戯曲全集第12巻』1928 93頁。『関口存男著作集 翻訳創作篇5』1994 65頁。
(注16)レッシング『ミンナ・フォン・バルンヘルム』1962 101〜102頁。
(注17)関口存男『日記』1916年12月16日。
(注18)關口存男『素人演劇の実際』1948 52頁。
(注19)關口存男『素人演劇の実際』1948 52頁。
(注20)古代ギリシャでは詩、音楽、絵画、彫刻、建築を五大芸術とした。悲劇・喜劇は劇詩という形で詩の中に位置付けられていたという。そこに近代になって舞踏が、そして第七の芸術として演劇が加えられたのだという。この第七の芸術=演劇は、第一から第六までの芸術、すなわち詩や音楽の時間性・聴覚性と絵画、彫刻、建築の空間性・視覚性、更には舞踏に於ける身体性を内包すると言われる。
(注21)關口存男『素人演劇の実際』1948 53頁。
(注22)青山が指揮棒を持って演出したのは有名で、いわば彼のトレードマークともされていたが、これは決してポーズという訳ではなく、これで俳優にテンポやピッチ、ダイナミクス等を指示していたという。松本克平『日本新劇史』1966 556頁には、青山、関口、印南(演出助手)の3人で「アクションと言葉の割切れ」の類型と例外を「考え、調べ、蒐集してそれをシステマタイズして模様とした。」とある。これは作曲家・指揮者の山田耕筰の言葉に端を発しており、印南が丸善の2階で見つけてきたGeorge E. Shea “Acting in Opera – Its ABC”というオペラ演劇の手引書を研究したのだという。また、類型と例外の蒐集については、関口のドイツ語文法研究における徹底した文例集の蒐集が有名であり、演劇の研究に於いても同様の手法を用いたものと思われる。

続きを読む

【演劇と社会教育】 〜関口存男の実践 著書『素人演劇の実際』に関する考察〜<5>

続きを見る

関連記事

【10月2日「文化村サロン」予告】私たちの知っている”演劇” って何処から来たの? ~日本における西洋演劇史~

続きを見る

執筆:関口純
(c)Rrose Sélavy

Information

大好評配信中!

ルーシー・フラワーズ 1stシングル「MÄRCHEN」 各種ストリーミングサービスにて 大好評配信中!

詳しくはコチラ

オンラインで専門家から学べる講座

子役・女優・俳優活動の疑問は、プロに相談して解決! オーディション対策のための個人レッスン&相談から、徹底的に芸能の基礎が学べる講座まで、多彩なメニューをご用意しております。

詳しくはコチラ